子どもの行列

住宅街を突っ切って通勤していて、
毎朝、小学生の登校班と一緒になる。


10数人の小学生が、高学年のお姉さんを先頭に、
あとは小さい順に並んで歩いて、
ひと班に一人、旗を持った大人が付き添う。


小学校に付き添うと、あっちからひと班、こっちからひと班。
集まってきて、合流する。
学校が近づくにつれて、子どもの密度は濃くなっていって、
最後はみんな、一つの敷地に吸い込まれていく。


息苦しくないのかな、と思ったり、
列から離れて歩く子を目で追ってみたり。


それと大人の旗当番。
当番制なんだろう。お母さんだけじゃなくお父さんもいる。
これから仕事に行く格好の人もいる。


みんな決まった時間に決まったルートで。
毎朝変わらず、一日の始まり。

高校生から……8年の月日

2011年3月11日。わたしは頭空っぽの女子コーセーだった。
学校、ブカツ、家に帰ってテレビ。ありふれた平均的な高校生活。
面白くないことの方が多かったけれど、そのルーティンの外にはみ出そうとはしなかったし、辛いことにも無理に自分を順応させていた。


あれから8年。震災関連のテレビを見ると、当時のわたしとそんなに変わらない中学生の子が、震災を「覚えていない」と口にしていた。
そして思った。「あの時」はどんどん離れていってしまっているのだなあと。


わたし自身の8年を振り返る。
頭空っぽの女子コーセーは、これではやばいと思い必死に受験勉強をした。
何とか希望の大学に入り、そこでも漫然と日々を過ごすこと約1年。講義がきっかけではたと気づく。
わたしの世界ってとてつもなく狭いんじゃないか?もっと違う世界を見た方がいいのでは?いや、見てみたい!
同時期に将来のことを考える必要も出てきて、これまでボケっとしていた分の巻き返しも図りつつ、ようやく進路のめどを立て。
幸運にもやりたい仕事に就けて、でも現実はやりたくないこととか、やらなきゃいけないことも面倒くさいし多いなあ、と思っている。ここが現在地。


わたしは震災のとき都内に居て、自分自身も家族も友だちも、被害を受けた人は身近にはいない。
加えて自分の生活圏以外のことに興味もなかった。大変な思いをしている人が数えきれないほどいるのに、思いを馳せられないほど子どもだった。
だから震災のニュースも、死者の数字が増えていって怖いという感覚、原発に関して聞きなれない言葉が飛び交っていて、何か大変なことが起きたらしいという感覚だけだった。


あの時よりも少しはニュースを見るようになって、本を読むようになって、人と会話をするようになって。
あの時は見ていなかったものを見る。考えなかったことを考える。
人の痛みを思うのは、想像でしかないから限界があるけれど。
それでも、わたしは今、知ろうとしないことが罪だということに気づく。


何周年という節目にだけ、言葉を発するのは無責任だとも思う。
だけど、抗いようもなく薄らいでいってしまう記憶をとどめておくために。
この日くらいは、ちゃんと東北のことを考えられたらと思うのです。


あの災害で亡くなられた方々が、天国で幸せに暮らせますように。
今も苦しんでいる方々の、これからの未来が少しでも明るくなりますように。

車いすを押してみると

1年前くらいに知り合ったお友達が車いすユーザーで、ちょこちょこ車いすを押すようになった。


それまでは車いすなんてほとんど触ったこともなくって、街中で見かけても何も思わなかった。気づいたら道を開けるくらいはしていたけれど。


で、自分が押すようになって初めて気づいたこと。
都会でも道ってかなりガタガタしている。
海外でタクシーに乗ったときには日本の道は平たんで快適だなあと思ったけれど、車いす目線だと全然だ。
歩道に乗り上げるときにはつんのめりそうになるし、歩道を進むのも、ずっと斜めになっていて片手が疲れることもある。


あとは、駅は車いすで動くには不便だということ。
乗りたい電車は目のまえに見えるのに、階段があるせいでエレベーターを探して駅を一周しなければならなかったり。
ホームのエレベーターも端っこにあることが多いし、1か所しかないので目的地まで大回りになることも多い。
それと基本的にはわたしの友だちはスロープを使わずに電車に乗るんだけど、それはスロープを待つと平気で2本3本と電車を遅らせられるからだ。安全確認、各所への連絡。必要なのはわかるけれど、待たされる方はいちいち時間を損している。


ちなみにわたしの親の実家は九州の田舎なので、そもそもエレベーターがない。(というか、エスカレーターも、自動改札機すらない)
車いすのご老人も多いはずだけど、駅に入るには階段の手すりに機械をくっつけて、ウィーーン、と上げてもらわなきゃいけない。


それに比べたら、都会の駅はちょっと時間がかかるだけで、自力で動けるだけ便利なのだと思う。
道も、段差や障害物はなるべくないように、工夫されている。
それでも、車いすで移動するのには不便がつきものだし、時間も人よりかかる。
スマホを見ながら、よそ見をしながら歩いている人もたくさんいる。車いすの目線からしたら、自分が見えていない人が進行方向にいたら、とても怖いと思う。


色んな場所がバリアフリーになってきているけれど、それでも友だちは大変な思いをしているんだということに気づく。
一度気づいても、しばらく車いすを押さない期間があったら、久しぶりに押したときにあぁ忘れていたなと思うこともある。